ハチクの勢い

北海道では竹林が極めて稀、という記事を以前書きましたが、ハチクやヤダケの「竹藪」なら函館市内でも割と普通に見られます。(正確にはヤダケは笹に分類されます。)

ハチクは華北原産で寒さに強く、道央あたりでも生育するそうです。

 

♪竹に短冊七夕祭り 大いに祝おう ローソク1本ちょうだいな

 

函館の七夕は7月。その辺の空地におがっているハチクやヤダケを切り出し庭先に飾り付け、子供達は浴衣で家々を回り蝋燭(今は菓子)を集めます。

私の実家にもハチクの変種クロチクが植わさっており、七夕が近づくと父は小学生のいる近所の家に1本ずつ配っていました。

ところがこの風習、函館だけの話で道内他地域の七夕は8月が多く、飾るのも竹や笹ではなくヤナギ、おまけに歌の文句がカッチャクだのクイツクだのと些か物騒‥

小学生の頃、家から僅か数百mの所にもハチクが生い茂る藪がありました。

そこでバラス道が行き止まりになっており、まるで住宅街からどこかの山中に迷い込みそうな、異空間への入口の様にも感じました。もっともそんなオカルト的なことは一切信じないタチでしたが。

その竹藪の隣に洋館風の邸宅があって、通っていた小学校の先生が一人で住んでいました。近所の子らと遊びに行った記憶があるのですが、その先生の風貌が少し魔女っぽかったため(失礼!)なおさら不思議な印象が残っています。

R4.5.1撮影

あの時のバラス道も竹藪も洋館も、今では信号機のある十字路に変わってしまいましたが、交差する道路・桜が丘通りは隠れたソメイヨシノの名所として、シーズンになると見物者で賑わうようになりました。

私の第三地区

GW前半は老父のいる函館の実家へ帰省しました。

 

故郷へ 故郷へ これだけ書いただけでも ゾクゾクする程嬉しくなった 北海道函館市は 僕の生れ故郷である 港の景色も 街や山の姿も 母や兄や姉や その子供達も 想い出すと限りない なつかしさがわいて来る(小山内龍 著「昆虫放談」 ふるさとの人と自然 より)

 

函館出身の絵本作家の著作から引用しました。描き出されているのはS12年の夏とS15年の夏、函館とその近郊 渡島大野(現 北斗市)。

S12年(1937年)といえば父が生まれた年で、私が函館で過ごしたS40年代~S60年代より遥か昔の話になりますが、当時の街や自然の様子に「限りないなつかしさがわいて」来ます。

更に、著者の師匠として登場する昆虫学者 石井悌博士は、私の出身大学の前身である農林学校で教鞭をとっていたそうなので、縁を感じずにはいられません。

 

昆虫に関した雑誌の中で、忘れられないのは小山内龍氏の『昆虫放談』という気楽で落語調の本であった。-中略- その中に、小山内氏が勝手に名づけた「第三地区」という名称が出てくる。(北杜夫 著「どくとるマンボウ小辞典」私の第三地区 より)

 

どうも虫オタクにとって自分だけの秘境、不思議な異空間を「第三地区」と呼ぶらしいのですが、私にとっての第三地区は小学校低学年の頃に通っていた沼。低湿地のためか住宅地の只中に残され、鬱蒼としたカラマツ(※)にキジバトの声、キンブナ(※)やウシガエル(※)、希少なヒメミズカマキリを捕まえた記憶があります。もちろん、今は跡形もありません。

中学の頃に見つけた湿地が第四地区(?)ここにはコオイムシとオオコオイムシが混在してましたが‥

高規格道路の工事ヤードとして整地されてしまった?

どっこい、湧水により水域が復活していました。

 

(※)外来ですが当該水域の生態系を構成していた種です。

谷あいのエゾヤマザクラ

本日は現地調査のため日高管内新冠町の山間部へ行って来ました。

ヒグマの気配に怯えながらハルニレ・オニグルミ・クリ・クロビイタヤなどが一斉に芽吹き出した沢筋を下っていくと、南向きの法面に早くも満開となった一本のエゾヤマザクラを見つけました。

桜前線がショッパイ河を越え松前に上陸するのは平年値で4/27、日高管内にはいつもならGW明けに到達しますが、今春はかなり早い開花です。

この桜前線、北海道では‘’北上‘’ではなく‘’東上‘’するばかりか、内陸部から沿岸部へ進むので、開花日を結ぶ線は複雑に入り乱れます。しかも途中で標本木の樹種が変わり、札幌~室蘭以西はソメイヨシノ、これより東ではエゾヤマザクラ根室ではチシマザクラになります。

道内に自生する野生種エゾヤマザクラは、挿し木や接ぎ木で増やす園芸種(つまりクローン)と異なり多様な遺伝形質を持つため、ソメイヨシノの様に同じ色の花が同時に咲く、ということがありません。

開花はソメイヨシノより若干早い個体が多いと思われますので、桜前線は石狩低地帯の辺りで一瞬ワープ、不連続の破鎖が生じます。

こちらは帰りに立ち寄った「さくら名所100選」の静内二十間道路。

全体では五分咲き程度ですが、咲き始めのもの、満開のものなどが入り混じっています。葉が出る順序や花の濃淡も様々ですが、別名ベニヤマザクラと呼ばれるだけあってピンク色が目立ち、慣れてくるとソメイヨシノが白い花に見えてしまいます。(甘い茶碗蒸しを食べ慣れると内地の茶碗蒸しは味がしない!と感じるのと一緒かも?)

開花の便りはひと月近くかけて道内を横断します。

鳥フル猛威

高病原性鳥インフルエンザについては前に少しだけ触れましたが、ついに隣の管内の養鶏場で発生。明日から動員です。(R4.4.18記)

4日後‥

52万羽の埋却、ウンもスンもありません。

6年前に十勝管内で発生した時の経験者から「しばらくザンギが食えなくなる」と聞かされてましたが、そんな感傷もなく、むしろ屠畜に携わる方々の有難みが(もちろん肉となってくれる動物たちへの感謝も)身に沁みました。

現場では皆、思いを押し殺し淡々と職務を全うします。が、こういった行為に眉をひそめる人も多いでしょう。実際、この類いの報道(熊の射殺とか)があると必ず苦情が殺到します。たとえ詭弁と思われても、全ては安全のため食のため産業のため‥

極端なビーガニズムは競馬・乗馬などの馬産業にも向けられます。

33年前の春、馬術部の勧誘をしていたら、ある新入生からハッキリ「馬に乗るなんて可哀想です!」と言われ少々凹んだことを思い出します。

馬という生き物は野生では既に絶滅、ヒトの役に立つことで命脈を保ってきた種族で‥なんて説明も彼女にとっては詭弁に聴こえたことでしょう。

某先輩の忘れられない一言。「馬はいつか肉になる。だから生きている内に可愛いがるんだよ。」

外来種駆除についても感情的な理由で反対する方はいます。しかしこれに関して私は別の観点から疑問を持っています。

つまり外来種という「人類共通の敵」をデッチ上げるだけで、守るべき在来の自然とは何かも考えず扇動する人、それを鵜呑みする人‥外来種駆除は生態系保全の手段であって目的ではないのですが。

殺すの可哀想!という人も、外来種みんなブッコロ!という人も、様々な切り口で本質を捉えてもらえたら、と思います。あ、随分エラソーなこと書いてしまいました。

何事にも中庸でありたい、と願うも難しいことです。

せめて動物愛護のため、環境保全のためにも、のこたべ(残さず食べる)、まずはそこから。今回の件で抗議の電話をよこした人達がチキンをフードロスしてたら笑止千万ですが、そんな筈ないでしょう。

包丁塚と食材供養塔。

偶然、待機場所の近くにありました。

ezohiki.hatenablog.com

冬過ぎて夏来にけらし~雪割り in Asahikawa

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新年度、まだまだ単身赴任(いや、この距離はもはや出面か?)続きそうです。

自宅(旭川市)⇔赴任地(日高管内浦河町)⇔実家(函館市)という遊牧生活にも慣れましたが、よその地へ旅行に出かけたいなんて気が全く起こりません‥

さて、年によってはGW直前まで根雪が残る旭川ですが、暖冬少雪だった今春は早くもアメダス値で積雪0となりました。とはいえ、軒下や陽あたりの良くない場所には残雪がうず高く積まれ、ひと冬寝かされた雪は圧密を受け氷と化しています。

放っておいてもいずれ融けて只の水になるんですけど、これをツルハシや剣先スコップでカチ割り、まんべんなく広げます。なんでわざわざ?と自分でも思いますが、切っ先で氷の‘’秘孔‘’を突くとパリン!と気持ち良く砕け、ジンギスカンみたく日向でジュウジュウ焼けていく様子を見るのは何とも言えず爽快です。

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凍害が心配されたアオキですが、雪荷重でやや枝が折れているものの無事越冬しました。フクジュソウはまだ見えません。

函館や浦河は既にクロッカスからスイセンの季節なので、およそ3週間違いでしょうか。しかし旭川の位置する上川地方の凄さはこれから。三寒四温、足踏みする道南や日胆の春を尻目に、気温はグングン上昇しGWの頃には逆転してしまいます。

残雪があるのに夏日になったり、冬日と夏日を同日に観測したり。上川地方の春と秋は極端に短く、夏冬のみの「二季」じゃないかって思います。

この日はコハクチョウの編隊が4隊、サハリンの方へ帰って行きました。

カマタマ。

f:id:ezohiki:20220406213843j:plain昨年11月、松前の別宅で見つけたオオカマキリの卵嚢です。

北海道でカマキリといえば超希少。

東京での学生時代、キャンパス内の空地で馬に食わせる青草を刈っていると大小様々、多種雑多なカマキリがゴマンといて自分だけテンション上がりまくったものです。

オオカマキリについては道央での発見例も聞きますが、繁殖してるかどうかは不明です。道南でも生息地が限られていることから、自然分布でない可能性があります。

昭和の頃、函館市街の北東側;東山から湯の川にかけての丘陵地で捕まえた記憶があったのですが、最近は見かけません。ゴキブリと同類の網翅目に属し、寒さにめっぽう弱いせいか道内定着のハードルは高く、最南端の松前でどうにか生き永らえているようです。

江戸期の松前藩は小格ながら、京より公家の姫を正室として迎えた藩主も多く、輿入れの際に庭木が持ち込まれたといいます。また、財を成した町人が内地へ物見遊山へ赴き、土産に桜などの苗木を持ち帰ったという記録もあります。こういった樹木の枝葉や根株に付着していた卵から、定着に成功したと考えられる随伴昆虫‥オオカマキリのほか、ヤブキリ・ヒグラシ、もしかしたらツクツクボウシやミンミン・ニイニイ・アブラゼミなんかも何百年前の帰化生物かもしれません。あくまで自説ですが。

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これは昨秋、草刈中に撮影したラーポン(ラージ・ポンポン)の♀です。上記の卵嚢の親かな?

笹に産み付けられた卵嚢2つ、雪に埋もれてしまうのではと思い、木の枝に結わえておいたのですが、1つは冬の間に鳥が食べてしまいました。やっぱり自然の摂理ってすごい、ちゃんと天敵に見つからない所に産卵してたんだ‥全く余計なことをしてしまったと反省。

北辺の竹林~モウソウチク

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松前城のある海岸段丘の背後には寺町が形成されており、北海道遺産にも選定されています。思わず道内にいることを忘れてしまいそうな、古刹と椿と竹林。

内地でモウソウチクは荒廃した里山にはびこり問題になっている様ですが、道内ではごく一部でしか育たず、大変珍しいロケーションです。

道内出身者が内地へ行って奇妙に思うもの(昭和の頃ですが)、瓦屋根・人口密度と道の狭さ・ゴキブリ・クーラー・細い缶ジュース‥色々ありましたが竹林もその一つでしょう。

上京し大学の馬術部で過ごしていた三十数年前、厩舎の裏はシラカシの巨木とモウソウチクに覆われていました。よく見ると「無断で筍を採った者は退学に処す」なんて立札が。せば、おがった竹ならいいっしょ、などと屁理屈をつけ、青々と若葉を茂らせた稈を失敬してきては馬にオヤツとして食わせてたものでした。

聞いた話では、林学科の学生が酔った勢いでチェンソーを持ち出し正門のケヤキを伐採して退学になったとか、農業工学科の連中がコンパ中に数人がかりで駐車してる車を持ち上げアッペにしたとか‥昭和とはやること成すこと何と荒い時代だったのでしょう。

いや、我が部も例外ではなく、大きな試合後の打ち上げではいつも「飛び込み水濠」と呼ばれる野外走行の障害‥しかも水質はボロ(馬糞)が溶けてスラリー状、アズマヒキガエルのオタマが泳ぐ‥に、上下級生・男女関係なくドブ漬けされた後、焼却炉の大釜で茹でられ温まると、今度は一斉に向かいの女子寮前まで押しかけ名乗りを上げる、なんてバカな風習(?)がありました。

今は昔、若かりし頃の思い出です。