ezohikiの日記

道内五拠点生活

100㎞先

函館湾の七重浜より望む松前半島
対岸に見えるのは茂辺地渡島当別松前は遥か彼方
浦河を含む日高東部が道央の僻地なら
道南の僻地は松前半島先端と桧山北部
(僻地を「都市から100㎞」と勝手に定義した場合)

先週末は道南へ帰省、草刈り第1弾。

浦河から札幌経由で高速バスを乗り継ぎ函館まで500㎞、そこから汽車と路線バスで更に南下してやっと松前半島の先端へ至ります。内地なら一体、何回県境を越えるでしょう。ちなみに振興局(旧支庁)は日高・胆振・石狩・渡島、後志も僅かに越境するので5つに跨がります。

函館から100㎞先にある城下町松前の認知度は全国的、いや全道的にもかなり低いようです。先日のクイズ番組でも「お城のある桜名所百選が所在する都道府県は?」という質問に対し「北海道?それはないだろ」みたいな雰囲気でしたし。

北海道ってのはこうだ!というバイアスが働き、ことごとくそのイメージに反する江差松前といった道南の古い町は受け入れ難いのかも知れません。北海道の歴史・風土を語る上で重要な意味を持つ地域なのに、現在は忘れ去られた先発後進の過疎地となっています。

実家の自転車を借りて11㎞先の久根別駅まで走行
汽車賃節約・省エネ・そして3セク存続のためです

北陸で災害が相次いだ昨年、県庁から被災地まで100㎞を越え実は遠いのだ、という話題がありました。100㎞が近いのか遠いのか、感覚の違いはありますが(美深町民は100㎞先の旭川を隣町だと言い張ります)そもそも災害時の拠点が現地から100㎞離れてたら果たして機能するべか?

もし日高管内で激甚に相当する災害が発生した場合(本来地震や大雨の多い地域ですしH15台風10号の被害は記憶に新しいところ)拠点は行政の中心である浦河になるのでしょうが、やや南東に偏ってます。管内で最も大きな市街?のある静内ならほぼ真ん中ですが、それでも千呂露や目黒までは100㎞に及びます。

育成牧場で騎乗馴致を生業とするMさん、身体を張った仕事だけに怪我も絶えません。胸部を蹴られ救急搬送された時は浦河はもちろん、静内の病院もダメで、結局130㎞先の苫小牧まで数時間も耐えたそうです😰

松前城天神坂の夫婦桜は既に葉桜でした
一株から染井吉野と八重の南殿が生育したもの

将来、松前で生活の基盤を持つにあたっては「都市から100㎞」というリスクも踏まえねばなりません。

例年は5月末に最初の草刈りをしてましたが
ナミドクガの発生と重なるため半月ほど前倒し
側溝へ逃げ込むカナヘビ君🙏驚かせてゴメンね

オヒツ完食のため後に残すと辛い豚肉から先に攻略
飯は飲み物・ポテサラは箸休め・キャベツはデザートです
おーっと油断した!最後に配膳される鰊ソバを忘れてた!

エゾエノキに営巣中のフタモンアシナガバチ
タラフク毛虫を狩っておくれ

笹を刈り取るとオオカマキリの卵嚢が付いてました
枝に結わえておいたら鳥に食べられたことがあったので
浦河に持ち帰ろうかとも考えましたが
古くから道南に定着してる国内外来種を拡散しては
別系統が道央・道北へ移入したため十把一絡げで
指定外来種になってしまった函館山ヒキガエルの二の舞
やはり現地での保全が基本です

お城のある福山台地ではヤエヤマブキ
シャガ(中国原産)が花盛り

遅咲きの八重桜による花筏
染井吉野や南殿の散り際はもっと華やかだったでしょう
北海道最南端にある日本最北の城下町を
路線バスで訪ねるコアなインバウンドの姿も!
終の棲家にしようとしてる自分が言うのも何だけど

池田屋へ突入した4人の内の1人が永倉新八です

海の関所・沖の口役所跡

函館の実家では沈丁花が終わりかけ
挿し穂を少々持ち帰りました

更新いろいろ&心配な疫病

エゾヤマザクラが満開となった旭川

GW後半、札幌からの乗換便で初めて長男と同じ高速バスに乗合せました。介護者割引が適用となりラッキー😆

例によってセコマの納豆巻をモシャモシャ食べてたら「満席の車内で臭いの強い食べ物は周りに迷惑だよ」と長男から注意されました。ハイ‥だって浦河から長時間の乗車で腹へー太なんだもん‥

浦河では義母のお下がりの自転車を使ってましたが
冬季も乗り10㎞先の乗馬公園も往復し酷使した結果
パンク修理(自前)の頻度が著しくなりついに交換
恐らく20年近く活躍してました‥有難う😭

旭川の自転車(左)も同じく‥😭
音更で長女の幼稚園送迎に使ってた思い出のチャリです
車屋さんから無料で頂いた折り畳み式(右)と世代交代

初任給が入った長女は高額の天引きに衝撃を受けてたものの(丸っと貰えると思ったらしい)ルンルン気分で韓国へ高飛び。帯広から戻った次女は息つく間もなく高校時代の友人と函館へ聖地巡礼

せわしないのは娘たちだけと思ったら妻はテニスの大会で出突っ張り。乗馬再開により運動はWで掛け持ち、凄い体力です。秋の競技会ではもう障害飛越の経路とか平然と回ってるかも知れません😲

昨年は落ち着いていた雪中下の🐭の樹皮カジカジ
今年は果樹を中心に再び被害が拡大(旭川
樹皮も甘いのかカリン・イチジクなどがやられました
チョウセンゴヨウ実生に至っては根こそぎ噛み切られ😭
写真はネクタリン実生ですが根元から芽‥萌芽更新に期待

旭川の自宅で越冬してたパパイヤは只の棒となって枯死😭
シバレた訳でないのに低温に耐え切れなかった様です

お別れがあれば再会もあり
何年か前に消滅したと思ってたエゾキケマンが復活!
ケシ科の花が好きなので勝手に生えるムラサキケマン
飽き足らず黄色が欲しくなり山道で種子を採取したもの

GWの中日に残業するのはシャクなので、ハッチャキこいて時間内にやっつけました。

勢い余って早く片付いたため、専門外のICカード更新に手を付けますが‥苦手なんだな~本社のネーチャン(ふてほど発言)。以前、電話を受けた時は3倍速の金切り声でまくし立てられ(さすがDX担当!)当然、昭和のジジィには聞き取れず。何度も聞き返したら「いいです!話を進めます!」何怒ってんのよ?

道東では鳥フルに罹患してたラッコの報道がありましたが先日、給湯室で謎の包装を発見。後から聞いた話では敷地内に落ちてたトビ(大きさ的にはノスリかも?)の死骸で、普通に廃棄したとのこと。え、家保か保健所の獣医が病理検査しなくて大丈夫だったの?

十勝で猛威を振う馬インフルエンザも心配です。ばんえい開催に影響が生じてるみたいですが、山脈を越えて日高へ伝播すると大変なことに‥

旭川乗馬倶楽部のエゾヤマザクラ
もし伝貧が発生したら鳥フル同様に厩舎全て殺処分に‥
馬インフルエンザの場合はそこまでなりませんが
浦河の乗馬公園でも今月から対策が強化される模様
夏の競技会が危ぶまれます

通常より競走・競技馬は予防接種や伝貧検査の記録を記した「健康手帳」を馬運の際に携行します。外部からJRA施設への入場時に確認を受け、徹底した防疫が求められます。最も恐ろしいのが伝染性貧血、現在、国内では清浄化されてるとのことですが‥

自宅の実生ミズバショウ開花!
ミニサイズですがカイウではありません

ケシの仲間エゾエンゴサクも満開
右端に特定外来生物セイヨウオオマルハナバチ
街中の花壇で無意味に駆除するつもりはありません

畑で栽培出来るよう改良されたホンワサビの品種
花蕾を収穫しました

放任栽培のウドも食べ頃

GW最終日前夜にようやく全員帰省
義父母も含め7人揃ったところで焼き肉へGO!

わかこま

馬術部後援会誌わかこま

先週は道南へ帰省し今季最後の草刈。しかーし!その留守中にも容赦なく増殖&巨大化する胡瓜たち、バイバインでもかけられた?

食感を変えると別腹になりますので、コメントで教えて頂いた調理法で応戦するも限界‥しらかば、もとい、しからば最後の手段!

出かける前に早めに獲り
冷蔵庫で萎びてしまったチビ胡瓜も合わせて
胡麻油で炒め昆布を和えてみました😋
それでも消費できる量は限られます‥

さあ、今日のオヤツは胡瓜ですよ~

ん?取り敢えず口に入れてみたものの何じゃこりゃ?
馬にもよりますが同じウリ科の西瓜の皮は大好きなので
騙くらかして食べさせたのですが‥微妙な表情

若い頃に札幌競馬場で誘導馬をしていたダコタ君
時々「誤作動」を起こし高度な馬場馬術を披露します

今夏、いや昨日も妻は札幌競馬場へ足繁く日帰りしています。元々、武ファンだったのですが「オジさんには興味なーい!」としばらく遠ざかってました。

ところが最近、焼けボックイに火がついた様で‥結構ミーハーです。

妻からのメール「誰だか当てたら100万円!」
ん?見覚えはあるが?
早速HPで7月某日のゲストをカンニング
えぇー😲タナカッチーかぁ!?

妻からのメール「簡単過ぎるので当てたら△100億円」
😓そりゃ分かるさ‥

世代的には「奥さんがVIP席とかで見てるかも‥」
なんて想像するとちょっとドキドキ💓します
JRA広報誌のインタビューと対談がきっかけだったそう
その広報誌どこかに保管してたのですが‥

武騎手にまつわる思い出です。

大学近くの競馬場でバイトしていた馬術部時代、その日はスタート地点の放馬止めでした。

メインレースの返し馬を終えた武騎手が単騎やって来て「バイトも集まれ~」と職員が呼びます。どうやら広報の撮影だったみたいで武騎手&スタッフ一同で写真に収まりました。

H2年のNHK杯GⅡ、岡潤一郎騎手が重賞初制覇したレースでした。

余談ですが、隣町から通っている同僚に岡騎手のことを尋ねると「同じ町内会で母が同級生でした」馬の世界ってホント狭いもんです。

さて、少し前になりますが母校の馬術部後援会誌が届きました。後援会長は昨年まで浦河のJRA日高育成牧場に場長として赴任していたI先輩、今は本部へ栄転されてます。

主なニュースは‥

  • お世話になった方の訃報
  • 全日本学生総合馬術団体での準優勝
  • Ko先輩の調教師引退

私立の強豪相手に準優勝とは!よく読むとM大卒で元五輪代表のHさんがコーチに就任してたとのこと。

Hさんとは同学年かつ北海道出身ということで話しかけられたことはありましたが‥

もう1つ、馬の写真家&ゴリラの研究家でもあった異色の調教師・Ko先輩は9冠馬の調教師Ku先輩の1学年上にあたります。

H20年のダービーで2着、その馬は母校でI先輩が競技馬として調教してたそうですが、現在は退厩しています。

 

今回も本文とは無関係な写真です。

まだまだ夏空の新幹線木古内駅
手前は道南いさりび鉄道(旧JR江差線

松前にて)蝉時雨のイタヤカエデ
7月はヒグラシとニイニイが全盛でしたが
8月になるとミンミンとアブラが同じ木にびっしり
種が異なるとお互いの声は感知しないのでしょうね

城門の前ではイチジクが実っています

今回はオオカマキリと遭遇しませんでしたが
肉食系直翅目のヤブキリ♀が現れました
とにかくデカイです(笑)

クルマバッタモドキかな?

ミンミンの死骸を貪るケブカスズメバチ
自分(成虫)が食べる訳ではありません
幼虫のために肉団子にして巣へ持ち帰るのです

お城の内堀では大型のヤンマ類が
猛スピードで飛び交ってます

札幌行き高速バスがWC休憩で立ち寄る有珠山PA
サルスベリが満開

優駿の日に

今日は東京優駿日本ダービー
34年前のこの日は府中競馬場で放馬止めのバイトでした
芝叩きのオバチャンたちが「さぁっ!ダービーダービー」
と口々にソワソワし始め20万の大観衆‥浦河産駒が優勝
オジサン騎手の快挙にスタンドはナカノコールでどよめき

先日は朧月夜。宿舎の前では小松菜の花が満開、アマガエルの大合唱。

海霧はまだ発生せず雨と好天が程よい浦河、エゾハルゼミの声も例年より早く聞きました。

前回は「自信たっぷりに乗馬教室の案内を掲示したけど誰も興味を示さなかった」というへくさい記事でした。

逆の立場で考えれば「未経験のスポーツや趣味を始めるには敷居が高い」ってこと、ありますよね。

それなりの年齢になってからだと殊更です。自分も弓道をちゃんと習ってみたいと思い立って数十年、結局ダメでした。(流鏑馬をカジってた頃、最低限の矢のつがえ方は教わったのですが、弓道経験者とは雲泥の差でどうもサマにならない‥でもね、当たるんですよ。馬から入った人は馬上での揺れは気にならないので。だから弓道から入った人はなかなか当たらない。でも惚れ惚れするほど格好いい。)

木曜は夜の練習、といっても今の時期はまだ明るく屋外馬場を使いました。

町民大会も近いので、指導員のMi先生がMさんと私に障害を飛ばさせてくれました。久々の経路走行!チョー気持ちイイ!焼けボックイが大炎上🔥(使い方、きっと間違ってる‥)出場しようか迷っていたモヤモヤが吹っ切れた瞬間です。

Mさんが経路を回っている間、Mi先生こっそり垂直障害の高さを上げている‥会員のKさんが以前「Mi先生は優しいけど鬼」と言ってたのを思い出しました。

現在、自分が所属するサークルには職業も馬歴も多種多様な会員が在籍してます。

中にはいくつもある趣味の内の1つ、という方もいて(しかも全てにおいて本格派)何て器用なんだべ、と思います。逆にMさんの様に馬の仕事をしつつ趣味が乗馬(まるで釣りが趣味の漁師さん?)という人も。

町民大会ではJRAやBTCの職員が成績上位を占めます。その中へ自分みたく月2・3回しか乗ってない超アマチュアが食い込む余地など皆無ですが、我がサークルのエースでもあるMさんならその牙城を崩せるかも‥

30年前の写真誌「グラフ旭川
こりゃ当時24歳だった妻とレッドイーグル号ですねぇ
手前味噌ですが馬に対する思いが良く綴られてます

ハッチャキこいてたので練習時の写真がありません
代わりに先週の旭川の様子です
寒冷紗の中は植え付けたばかりのサツマイモ
9日は美深で-3℃まで冷え込みサツマイモは敢えなく‥
旭川も-1℃でしたが植え付け前で無事

義母が旭川の別宅で育てているクロユリ

同じくドイツスズラン

こちらは自宅のツボスミレ(野良生え)

同じく野良生えのムラサキケマン

シバザクラも満開

池の周りに植えたハタケワサビ

無尽蔵におがる野生化したニラ
アサツキ・ギョウジャニンニクに続き
何とかの1つ覚えでこれも卵でとじます
次女はギョウジャニンニクはOKなのに
食わず嫌いでニラはNG‥何が違うんだ?
自分もセリ・パセリ・ミツバは大好きなのに
セロリだけどうも‥人のこと言えません

農地拡大1a

河川敷の柳の芽も膨らみマガモ達ものんびり(浦河にて)

スリッパ異動1週目、馴れるまでの間はケツの座りが悪いものです。

日高へ来る前はずっと事業所勤めで所員は殆ど農業土木職、先週まで在籍してたフロアも半分がそうでした。それが今では泥臭い馬臭い男がポツンとお一人様、お堅い事務方の中にいる訳ですから場違いでしかありません。

顔と名前が覚えれない、引継書を見ても何が何やら、加齢と共に適応力の低下も著しく‥でも自ら望んだこと。思惑どおり日高に残ったのだから全ては覚悟の上です。

多くの同僚たちが日高から嬉々として?去って行きました。昨春の鳥フル対応で共に千歳へ派遣されたTさんは後志(シリベシ)へ赴任。後志と言えばニセコ・小樽・積丹‥数々の景勝地を抱え、同じ道央ながら根雪にならない日高沿岸とは真逆の豪雪地帯。スキーヤーとかアウトドア派にはたまらんでしょうな。

で、Tさんから託されたのは宿舎の畑でした。Hさんが拓きTさんが引き継いでいた2区画です。

Tさんは事務職ですが野菜作りには造詣深く、インチキ農学士の私が作ってた小汚ない菜園とは違いが一目瞭然!

引き継いだ5m×5m×2区画は丁寧に耕され
雑草の1つもありません
全道一早く?馬鈴薯の植え付けまで済ませてくれました

それに比べ‥もはや何を植えたんだったか🥕
訳の分からんもんまでオガらせてる元の2区画
合わせて100㎡=1a

耕作放棄地はアッという間に荒れ果て、簡単には元に戻りません。Hさん・Tさんの志を引き継ぎ(大げさ!)担い手として畑を守らねば!

野菜屑から再生した葱は無事でした

Hさんの実家は十勝のA町の農家、北海道を代表する歌手M山C春さんや新党○地のS木M男議員と同郷です。そういえば自分の後任で来る高校の後輩NさんもA町にある秘湯の御曹司です。創業2代目のお爺さんが長寿世界一だったとか。どちらも開拓者の血を引く生粋の十勝人です。

ヒメオドリコソウハコベ
どちらも外来ですが早春には欠かせぬ花

私の曾祖父は開拓民ではありません。教師として当時の開港地だった函館に渡り八幡宮神職をしてた人です。

先祖の地・岩手へ戻った兄や函館から出ない妹に対し、自分は北の大地に憧れ逆Jターンをしました。

その「開拓魂」を掻き立てたのは、多感な小6-中1の頃に見た富良野を舞台とした名作ドラマと南オーストラリア開拓を描いたカルピス劇場でした。

サブカルには疎いですが昔TVで見たアニメは覚えてます
「斧打つ響き道拓く歌声」「広がる大地もえ立つ地平線」
今も印象に残るOPは道民の琴線に触れるフレーズ
オーストラリアの動物たちが数多く登場し
当時まだ知名度の低かったコアラも紹介されました
既に絶版になってる原作を旭川の図書館で発見!

驚くことに原作では動物が殆ど登場しません
TVの記憶では‥
ワラビー猟を見てた子供たち→次男が穴に落ちる
→助けに入った次女がウォンバットの仔を発見
→動物好きの三女がペットとして連れ帰る
→脱走したウォンバットが馬車に轢かれる
→飼われた野生動物は必ずしも幸せにはならない
と次女がたしなめる‥なんて話がありましたが
原作では三男が転落し助からず😱という悲劇

物置でひと冬越したドイツトウヒ実生
日高の寒さは物足りなかったかも

照葉樹と一緒に屋内へ取り込んでたクビキリギス発見!
血の滴るごとく真っ赤な口が特徴
玄関で♂が多数干からびてたので心配でしたが
無事に越冬❄️やっぱり♀は強し
屋外も既に関東~九州の真冬レベルまで達してるので
もうベランダへ出しても大丈夫でしょう

タブ・シラカシ・シキミ・ビワ・ユズ‥
耐寒性の強い照葉樹から順にベランダへ
クビキリギスにも改めて棲み処を提供します

5拠点生活の行方③

冬でもチャリ可能な通勤路

表題どおり将来展望のつもりが、日高愛?溢れる余りダラダラと3回に渡ってしまいました😪

日高に来なければ戻る筈のなかった馬の世界。焼けボックイに火が付いた以上、もう離れられません。

ここで築いた人脈も不意に出来ないし除雪不要の冬と天然冷房の夏も捨て難い。トドのつまり、浦河での拠点を失いたくない。居座り作戦決行中であります。

とはいえ、いずれ異動の時は来ます。改めて5拠点それぞれの「どうする」を検証します。

 

1 函館

生まれ育った函館は曾祖父の代からの父祖の地
実家がなくなっても故郷であることに変わりありません

実家は母亡きあと父が独居してましたが、昨年から妹家族が同居となり見守り面においての不安は解消しました。将来、父にお迎えが来ると「実家」はなくなりますが、妹夫婦は古い家を相続したくないらしく‥

函館、どうしよう🤔

 

2 松前

温暖湿潤気候で道内唯一の城下町
古い時代に帰化した植物や虫による
独自の生態系があります

二束三文で購入したボロ家があり、退職後はここで畑や庭を作り馬と猫を伴侶に暮らしたいと計画してました。が、お嬢様育ちの妻はそんなルンペン暮らしに付き合わないでしょう。単身生活を続け、果たして動物なんか飼えるのか?

松前、どうしよう🤔

 

3 旭川

12年前に購入したS53年築の中古物件
聾学校に近い好条件でした

子供たちが巣立った後は売却し、旭川での拠点は妻の実家の別宅へ移す見込みですが、植栽や池も更地に戻す必要があります。地道に松前へ運ぶしかありません。もっとも子供3人のうち、誰かが旭川で就職・結婚しそのまま住んでくれたらベストなんですが‥

旭川、どうしよう🤔

 

4 美深

妻の実家である美深には
義父母が経営する宿泊施設があります

繁忙期には妻が旭川から手伝いに行ってるものの、私が今後の経営に口を挟む案件ではありません。妻としては、私が関わるならば跡を継ぐ意思があるみたいですが、私にはその気も能力もないので、もう諦めてる様です。

美深、どうしよう🤔

 

5 浦河

道南からも上川からも遠いのが難点の浦河

どんなに粘っても、あと3-4年が限界。ここを去る時が退職の潮時と決めていますが、後ろ髪引かれるのがワンコインで騎乗出来る環境です。乗馬拠点として存続するにはシェアハウス?掘立小屋の購入?いや、月1回程度なら宿泊の方が安い?

浦河、どうしよう🤔

あえて5拠点の中間を探すと
苫小牧の西隣の白老あたりかな?
それでも松前・美深から各々300㎞以上あります

クビキリギス?道内に?

ウバメガシを部屋に取り込むと‥おや?

浦河でも珍しく積雪がありました。旭川の1割足らずですが。

例年この時期、お約束みたいに短靴のまま旭川へ帰ってしまう失態を繰り返してましたが、3度め、うんにゃ4度めの正直でちゃんとスノトレで帰宅🎉✨😆🎊⛄

さて、浦河のベランダの植物ですが、不意に冬が始まったので、急かされるように室内へ取り込みます。

つい先週まで宿舎の菜園はまだ野良仕事が出来る状態だったため、10月に開拓した区画の残りを今でしょ!とばかりに備中鍬が曲がるほど耕しまくりました。何しろ雑草の茎が枯れてるので面白いくらいボサが取らさります。

間もなく表土がシバレてカチカチになります

獲り損ねた小松菜の成れの果て
早春には菜の花が咲くでしょうか

ついに積雪
この程度であれば根雪にはならないかな?

宿舎は2Fですが、植物が置かさる春から秋のベランダには割と色んな生き物がやって来ます。アマガエルにエゾツユムシコアオハナムグリにオニクワガタ‥先月はヒメクサキリを見かけ、「あぁまだ生き残りがいたんだ」と思ってたら😲

トンガリ系のキリギリスの仲間で
道内に生息するのは主にヒメクサキリとウスイロササキリ
いずれも卵で越冬します

いくら何でも既に12月、-6℃以下にもなってるし真冬日もありました。卵で越冬する昆虫の親たちはとっくに絶えてるはず。

もしやヒメクサキリではない?いつも見かけるのより少しデカイかも‥

頭をよぎったのは大学時代、厩舎の稲藁で越冬していたクビキリギス。「さすが本州、冬でも鳴く虫がいるんだ!」と感心した記憶があります。

道内でのクビキリギスのことはノーマークだったのでググってみると「南端部に移入種として分布」とのこと。

南端部とは道南を指しますが、見たことはありません。松前付近には古くからヤブキリが生息しており、恐らく藩政時代に持ち込まれた杉・桜・椿・桐といった樹木と共に海を渡って来たと思われます。クビキリギスも同様なのでしょう。

それにしても気候的に冬は道南並みとはいえ、日高管内にもいたとは‥くっついて来たのは黒松かな?

さあ、どうする?既に氷点下になってる野外へ放っぽり出しても上手く枯草の隙間に潜り込めるか心配なので、概ね0-10℃に保った植物部屋で越冬させることにしました。

この個体は♀ですが産卵管が羽より短い
明らかにヒメクサキリと異なる‥
クビキリギスは単為生殖するとのことなので
無事に冬を越せたら産卵させてみよう

エントランスには今年もトドマツ生木(浦河)

札幌の仮設バスターミナル付近
赤れんがテラスにて(往路)

さっぽろ創世スクエアのonちゃんテラス
イチオシ!!の中継かな?(復路)

旭川はこんな状況
降っても降ってもまだ降り止まぬ
除雪してるそばから降り積もるのでキリがない
まるで賽の河原