エゾヒキガエルのはなし②

路面電車の終点・谷地頭(ヤチガシラ)。

函館山の南東麓に位置し、ぐるりと杜に囲まれた趣のある閑静な住宅街です。

地域全体がスリ鉢状の地形を成しており、NHKブラタモリ」でも謎の凹地として紹介されましたが、火口の跡ともいわれています。

戦前まで、鉢底にあたる函館八幡宮の参道下には天然の池沼(カルデラ?)が存在し、エゾヒキガエルの一大繁殖池となっていました。

私の曾祖父は明治~大正の世、市内にあった高砂小で訓導をしていたのですが、定年後は神職の資格を取得し八幡宮権禰宜を務めました。

当時より八幡宮の勾玉池でもエゾヒキの産卵(ヒキガエルの産卵行動は「蛙合戦」と呼ばれる)が見られ、曾祖父はこの蛙を高砂小へ理科の教材として提供していたそうです。昭和ヒトケタの頃の話です。

北海道の在来種であるエゾアカガエルは元々、函館山に生息していませんでした。これは函館山で長年フィールドワークを続けてきた故S先生による調査結果で、私も昭和の時代、函館山でエゾアカを見た記憶が一切ございません。

一見、どうして??ですが、火山島だった函館山が本道とトンボロ(陸繋砂州)で繋がった時期や市街地で隔絶された時期、その限られた期間に山間部を好むエゾアカが地峡となった砂州を渡り分布を広げれたのかどうか‥考えてみればエゾアカが函館山に進出していないのは決して不自然な事象ではないと思われます。(しかしながら‥現在は何故か、いるのです。この不可解な状況は後ほど考察して参ります。)

つまり、競合する在来種がいなかったこの一帯で、エゾヒキはニッチ(生態的地位)の獲得に成功したと言えます。

谷地頭は「蛙の里」として市民に認知されるようになり、蛙合戦は函館山の「春の風物詩」としてNHK「Wild Hokkaido!(2017年)」でも取り上げられています。

15世紀半ば和人豪族・河野政通により創建された函館八幡宮と勾玉池(右)