間もなく迎える異動の時節。
先日、馬術部後援会長のI先輩からメールがありました。I先輩はJRA日高育成牧場長として浦河で勤務された後、昨年2月に東京へ栄転し社宅のある府中に在住、週末には後輩達の朝練を見ている様です。
メールは美浦で調教師をされてるKo先輩が引退するため府中で慰労会を行う旨の案内でした。
Ko先輩とはお会いした記憶がありませんが、同じく調教師をされてるKu先輩なら自分が現役の頃、よく府中のキャンパスを訪れてました。帰国して免許を取得、厩舎を開業したばかりで「全然勝てないわ」なんて言ってたあの頃。まさか9冠取る日が来ようとは‥
懐かしい府中、行きたいのは山々なれど3月は繁忙期に加え我が身もどうなるか分からない状況です。そして今は5拠点を巡るだけで長距離移動はもう腹一杯。海を渡って内地など思いも寄らぬことです。
4年前、自分が浦河へ来たのは偶発的な事情からでした。
前任地の旭川では自宅通勤でしたが業務量は多く、加齢による体力低下もあり残業が続けばすぐ溶連菌に罹る有り様で、若い時みたく馬に乗る気力も失せてました。また、その頃に母が他界し一人暮らしになった父も体調が優れず、毎月のように函館の実家へ様子を見に行ってました。
次の転勤での単身再開は覚悟してたので、随分前から実家が近く業務量も少ない道南方面への希望を出していました。
しかし、どういった行き違いか「自宅に近い所が良いだろう」との配慮で意向打診は北空知の深川でした。中途半端に旭川から近い深川は単身手当が出ないので、住居費は自腹。更に全道一忙しい事業所なので体力・気力とも自信がなければ務まりません。自分だったらバンキリ溶連菌で帰省どころか帰宅もままならないでしょう。
何のメリットもなし!とその場で断りました。
するとどうでしょう。懲罰的な意味合いなのか、そんなやる気のない奴はここだ!と言わんばかり浦河行きの辞令が出たのでした。