札幌の五輪招致も談合事件の影響か、すっかりテンションだだ下がり。札幌市民のみならず道民全体に影響あることですし、なるべく多くの方が納得のいく結論を望みます。
S47年の札幌五輪は物心の付く前でしたが、テーマ曲「虹と雪のバラード」を母の鼻歌で何となく憶えています。
音楽・文学・アニメといった芸術やサブカル(この用語も最近知った)には全く疎い自分ですが、子供の頃に聴いたり読んだり見たりした一片の記憶が突然甦り、懐かしくなったり気になったりします。
今はググれば、母の超テキトーだった鼻歌の一部からも曲名等を割り出せる便利な世となりました。
次の2つは長いこと気になってて、やっと解ったものです。
母が祖父母の実子でないことを知ったのは随分あとでした。(兄の結婚式で酔っ払った親戚のオジサンがウッカリ喋ってしまった。)
母方の親族が既に絶えてしまった今、私が聴いていた話を少し記録しておきます。
戦後、警官だった祖父は赤狩にも携わり、母の友人の親が北教組関係者だったことから「あの子とはもう遊ぶな!」と命じたそうです。バリバリの右派だった祖父に反発した母はカトリック系の短大で保育士の資格を取り、函館のカトリック幼稚園に就職、プロテスタント(メソジスト派)の女子高に勤務していた父と結婚しました。
当然、祖父は反対し「二人目の男の子ができた時は母方の姓を継がせる」条件を提示しましたが、結局「同居(マスオさん状態)&次男には祖父の名の一字を用いる」ことで折り合いました。
医療事故により晩年の十数年寝たきりだった祖父は穏やかで、母との仲も悪くなかった風に見えました。
名の一字をもらった私は特別に可愛いがられ、バンキリ祖父の部屋で過ごしていました。私が剣道を習い始めた時、心の底から喜んでいたのが昨日の様に感じます。残念ながら僅か2年で挫折しましたが‥