エゾヒキガエルのはなし①

函館山山麓を散策していると、地元のロータリークラブが設置したロードキル注意喚起の標識を見かけます。

この標識に示されている「エゾヒキガエル」とは、古くから函館山に土着していた国内外来種アズマヒキガエルの通称です。かつて私も保全活動に係わっておりました。

このエゾヒキガエル(アズマヒキガエル函館山個体群)が歩んできた歴史と現状について、何回かに分け書き残しておきたいと思います。

これは41年前、函館市内の高校で生物教諭として教鞭を執る傍ら、南北海道自然保護協会の理事を務めていた父が、ある科学誌に寄稿した記事です。

この情報が広島大学両生類研究グループの目に留まり、サンプル提供の依頼があったため、私が飼育していた成体3頭を送りました。解析(電気泳動法)の結果、函館山の個体群は北東北ではなく関東の個体群と相関がある、と判明しました。

つまり、ルーツは関東で人為的に持ち込まれた個体の末裔、ということになります。

また、函館山に生息するヒキガエルの存在が学会で認知されたのは1912年(T元年)とされていますが、文献を更に遡ると‥

 

「顕微鏡を以て蝦蟇の血脈循環の状を天覧あらせらる(原文ママ)」明治天皇御巡幸記 1876年(M9年)7月16日 函館病院における記述

 

東北御幸の際、函館に立ち寄られた明治天皇がなんと自らエゾヒキガエルの観察をされていた、という記録がありました。

明治初頭、容易に検体として採取されていたことを勘案すると、既に定着して久しい状態だったと考えるのが自然です。

よって、このカエルの移入時期は少なくとも箱館が開港された幕末、可能性としては松前藩の交易地だった江戸期、あるいは箱館が築かれた室町期まで遡るかもしれません。

江戸期に北前船で行商にやって来たガマの油売りがパフォーマンス用に持ち込んだ?はたまた箱館戦争旧幕府軍に従軍した医師・高松凌雲が研究のため飼育していた?これらは父の憶測であくまで空想の域、確かめる術はありません。