仰ぐ臥牛の峰 美しく(駒場小 校歌の一節)

港街の函館市は いつ来ても 潮風に油がまざったような 香りをただよわしていた すべてが雑然としたこの市街は かつての大火災後 一層雑然さを加えて来たようだ それにしても なつかしいのは 函館山の姿である この山を眺めて 初めて故郷らしい 気持ちになった(小山内龍 著「昆虫放談」 採集は馬車にのって より S15年夏の記述)

 

函館山は臥牛山とも呼ばれる陸繋島で、市街地のどこからでも見らさるマチのシンボルであり、市民にとって心の拠り所にもなっています。

頂上から眺める「100万ドルの夜景」はあまりに有名ですが、実は独特の変遷を辿った里山でもあります。

寛政12年(1800年蝦夷島奇観 より
  • 約100万年前(第四紀洪積世)火山島として成立、約5千年前(縄文中期)堆積したトンボロにより本道の亀田半島と繋がる。
  • 15世紀になると和人豪族によりウスケシ館(箱館)が築かれるが、コシャマインの蜂起により陥落、荒廃。
  • 江戸期には松前藩の交易港「蝦夷三湊」の1つとして発展、この頃からスギ等の植林が行われる。
  • 明治以降、海峡監視と港湾防衛のため津軽要塞が建造される。また、市街の拡大に伴い緑の回廊(コリドー)が遮断、本道との生物の往来が制約されるようになる。
  • 戦後、公園緑地として解放されるも乱開発による生態系破壊が懸念され、S40年代には周遊道路の建設中止を求める市民運動が起こる。

S50年に凍結となった周遊道路ですが、当時、南北海道自然保護協会の一員だった父も大きく関わっておりました。

スギ木立とクスノキ科の低木オオバクロモジ。

スギは国内外来種ですが、荘厳な杜を形成しています。

園芸品種フイリアオキの実生。

オオバクロモジ同様、鳥によって種子が運ばれたと思われますが、親は内地もしくは市内に植えられていた庭木でしょう。この場合、自然分布と見なすのか移入と見なすのか微妙なところ‥

在来種・外来種の区分が曖昧で無意味に思える一例です。