「北の鎌倉」松前

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幼少の頃から生き物と歴史に興味のあった私は「日本昔ばなし」に出てくる様な農村や里山に憧れ、「将来は趣がある古い集落に住みたい、でも北海道からは出たくない!」と想い続けていました。

そこで「終の住処」として予定(?)してるのが北海道最南端にして日本最北の城下町・松前です。北の小京都とも鎌倉とも称されますが、武家政権の拠点だったという意味では後者の呼び名の方がしっくりきます。

箱館から見て殿様のいた西(松前半島)が上、東(亀田半島)が下と表現され、上ノ国・上磯・下海岸といった地名の由来はその名残だと聞いたことがあります。(真偽の程は定かでありません。)

緯度では本州最北端の下北半島・大間より南に位置し、対馬暖流の影響で年平均気温は10℃を越える温暖湿潤気候(岩手県南部並み)、沖合をクロマグロが回遊し、町の至る所で藩政時代に持ち込まれた暖地性植物やそれに随伴したと思われる昆虫類が見られます。

でも町外れ、いや町中でもヒグマの出没例があり、やはりここも北海道なんだなあ、と感じます。(道南は道内でもヒグマの生息密度が高く、被害も少なくありません。温暖で越冬しやすい、ブナなど餌になる広葉樹の種類が多い、土地が狭く生息域が人里と近い、といった理由なのかもしれません。)

目と鼻の先には津軽半島。間を隔てる「しょっぱい河」ことブラキストンライン。

すぐそこにはサルが、カモシカが、ツキノワグマがいて、弥生文化があったのかと思えば不思議なことです。

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これは18世紀中頃の城下を描いた「松前屏風」です。

中央に天守増築前の城「福山館」、右端に道内最古の農村「上及部村」、背後の冠雪した山は松前半島の主峰・大千軒岳でしょうか。

「江戸にもない」といわれたこの町の繁栄は、残念ながら箱館戦争での松前攻略戦・奪還戦で灰燼に帰すことになります。